自転車三昧/高千穂 遥


著者の高千穂遥氏は、法政大学を卒業後、SF作家としてデビュー。数々の賞を受賞する等その分野で相応の地位を築いている。自転車関連では、2006年に前作でもある「自転車で痩せた人」を発表し、自転車の世界でも独特の考え方に基づき頭角を現している。
しかしながら、高千穂氏は痩せるために自転車に乗ったのではなく自転車に乗ったから痩せたのだ。本作でも著されているが、動脈硬化の疑いと持ったときもあり、自転車による健康への効果は計り知れないのである。
本書では、高千穂氏の好む自転車の乗り方について、ママチャリ、ポタリングロードバイク、ピストの順で書かれている。
印象的なのはママチャリへのこだわり。一般的にこのような自転車乗りの本はロードバイクとかクロスバイク、オフロードバイクといったものに乗っていて素人とはちょっと違うぞ、といったところがあるが、高千穂氏はロードバイクに乗るもののママチャリへのこだわりも強い。

ママチャリは、日本のいま現在の環境に対し、ほぼ完全に適応している自転車である。断言してしまおう。

ママチャリの長所は、頑丈、安い(スポーツ車に比べて)、荷物を運べる、メンテナンスコストが安い等があげられる。
ではなぜ日本の環境に適しているか。思い出してほしい。駅前やスーパーの駐輪場。自転車が所狭しと並べられ、時にはドミノのように横倒しになる。雨が降れば雨ざらし。どっかの不良に盗まれることもある。そんな環境で繊細なで高価(10万円超)のロードバイクを一般人は乗る気になるだろうか。
高千穂氏はこのようなママチャリで20km〜30kmを走るというのだ。当然途中は坂もあり厳しいことだろう。しかし高千穂氏は法令で定められている手信号を駆使しながらサイクリングを楽しんでいる。
散歩するように自転車に乗る事を「ポタリング」という。しかし高千穂氏は目的のないポタリングは行っていない。グルメであったり季節の花であったり楽しい目的を定めることがポタリングを長く続けるコツという。このポタリングでは小径の折り畳み自転車を駆使している。
そしてロードバイク。これは「自転車に乗るため」につくられた自転車であり、ママチャリのように荷物を運べたりできないのは当然だ。軽さを追求するためにスタンドもないので駐輪できない。値段も高く、盗難にあう確率も高い。では魅力は何か。それはスピード。かなり出る。しかも簡単に。
そんなロードバイクだが高千穂氏は乗り続けるための大切なことがあるという。

ただ走ることしかできないロードバイクで、どう走るのかを考える。それが、思想だ。なんとなく、のんべんだらりと走っていたら、ロードに乗りつづけることはできない。結局飽きて、さっさと降りてしまう。

思想は目標とは違う。目標は達成すれば終わりだが思想は終わらない。思想で走り続ける限り、目標を達成して燃え尽きるといったことがない。
この考え方は自分にとって新鮮だ。何かを初めても長続きしない。一定レベルになると興味が無くなってしまう。まさに目標はあるが思想がなかった典型だろう。いいヒントをもらった気がする。
さて高千穂氏は多摩川沿いのサイクリングロードや大垂水峠を走ったりする。そして更にはピストまでも手にしている。
ピストとは競輪選手が乗る自転車でブレーキがないのが特徴。したがって法令上公道は走れない。
もっと凄いのは自宅に専用のローラー台を設置した。TVで競輪選手がロールの上を走っているシーンを見かけるが、まさにそれだ。
これでの鍛錬の結果、手放しでのれるようになるほど走行が安定したとのこと。しかし音がとてもうるさく一般家庭に入れるのは敷居がたかそうだが。
こうして本格的な競技場のバンクも走ることもある高千穂氏だが、自転車競技も欠かさず見るほどの自転車三昧の生活を送っている。
なぜか休日には自転車に乗ってみたくなる。そう思わせてくれる本だ。メタボに悩む人にもお薦めの一冊だ。

自転車三昧 (生活人新書)

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